タブレット学習4

一時間を超えて勉強というのは、やはり相当に難しいようで飽きたら五分休憩をはさむことにした。

大人ならここまで頑張ってから休憩ということが出来るのだろうが、子どもには無理なようで飽きたらもうただひたすらだらだらとやらないので課題の途中でも休憩を取らせてみた。

結果、好転したとは言い難い。これ幸いにとばかりにやりたくない単元のところではだらだらしてやらないで済むように休憩ばかりとれるようにするので、その悪知恵を褒めたたえるべきか、ちゃんとやりなさいと叱るか大いに悩むところである。

というか、勉強が出来なくて困るの私じゃないし、そもそも私が頑張ってもどうしようもなくない?と思わなくもないのだけれども、せっせせっせとお尻を叩いて勉強に向かわせている。

世の中の教師って凄いな。こんなに大変なことを仕事にするだなんて尊敬するしかない。

 

タブレット学習3

興味が向いたり向かなかったりしながら、一日30分は机に向かえているので良しとするべきか。

すららコーチというのを頼めば、コーチが課題を設定してくれるのだが、これをやりたがらない。

自分の興味の赴くものはやってくれるのだが、苦手なところはどうしても避けてしまうので、コーチに相談をしたところ、ご褒美シートのようなものを使うことになった

これは、ユニット一つ、課題一つをこなすとシールが貼れるというシートなのだが、コーチからの課題を電車のホログラムシール、それ以外をただの丸いシールにしたところ、ご褒美目当てでやるようになった。

このシートが終われば、ご褒美に塗り絵を買う約束をしていたのも良かったのかもしれない。

飽きないうちに定着させたいなぁ。

夏休みが早く終わらないかなと毎日思ってる。

ものすごくしんどい。

スッキリ

スッキリという朝のTV番組に、ヒプマイが取り上げられた。

いくら大人気コンテンツといっても、演じて歌うのは俳優ではなく声優。

お茶の間的には馴染みがないのでは?と心配していたのだが、まったくの杞憂だった。

それもそのはず。ヒプマイの一番手、山田一郎を演じているのは木村昴であり、彼は誰もが知っている国民的アニメのキャラクター、ジャイアンの声優でもある。

そこの部分を押し出せば、あぁ!あのジャイアンの人なんだと、一気に親近感のある話題になる。

実際、スッキリでは今人気のコンテンツヒプマイ→演じているのは声優さん、しかも誰もが知っているあのキャラクターを演じている声優さんなんです!→ジャイアンの声で挨拶をしながら木村さん登場という流れだった。

誰それ知らない。とはならないだろう。だってジャイアンだ。しかも、ジャイアンは壊滅的な音痴という設定なので、あのジャイアンの声優さん歌が上手かったんだ!というギャップで爪痕も残せる。

こういった事態を想定してのキャスティングだったわけではないと思うのだけれども(声優界隈でラップといえば木村昴といっても過言ではない、随一の歌唱力の持ち主なので)めちゃくちゃ木村さんのキャリアが武器になっていて、ヒプマイとは木村さんの為のコンテンツでは?とかそんなことすら思ってしまった。

タブレット学習2

すららを始めて半月くらい経つのだが、毎日一時間は勉強しているので我が家にとっては悪くない教材のように思える。

ただし、問題点はいくつかある。

・できていない個所を復習させようとすると、前にこれを見たと言ってやらない。(すらら側で復習する際は前回のものと問題文は変えていると聞いていたので問題が違うならと思ったが、途中の説明は同じものなので飽きるらしい)

・国語に関して。ひらがながまだちゃんと読めないので、問題を理解していて答えがわかっていても、正解を自力で選ぶことが出来ない。親の手助けを受けられる日は良いが、一人では学習を進められない。また、答えをわかっていても不正解になるので(ひらがなが読めないので)国語そのものが嫌になる。

・上記に付随する問題だが、それ故に国語よりも算数ばかり進めてしまってバランス良く勉強が出来ない。

・問題をクリアしたらご褒美にゲームが出来るのだが、制限時間のあるものだとマウス操作が追い付かずにゲームクリアが出来ない。

ひらがなさえ読めればある程度解決しそうなのだが、ゲームに関してはどうしたものか悩んでいる。

とりあえず彼の手でも扱いやすいマウスを用意してみるが、それでうまくいくのかは分からないし、ゲームは自分でやりたがるので私が助けるわけにも行かないんだよなぁ……。

タブレット学習

発達障害の子にはタブレット学習が向いているらしい。

視覚に強いから映像で学ぶ媒体との相性が良いと言われると、なるほどなと頷けるものがあったので、ちょっと探してみた。

最初は、タブレット学習を売りにしている進研ゼミやスマイルゼミなどを見ていたのだが、どうにもついていけそうにない。

教材自体は悪くなさそうだし、値段も塾に通うことを思えばぐっとお手頃であるのだが、一年生の内容についていけてない子が一年生の内容をやったところでついていくのは困難だろう。

うちの子に必要なのは、幼稚園年長レベルの、いわゆるプレだとか準備号などで学習すべき内容では?という気がしたので、発達障害向けのものがないかと探したところ「すらら(http://surala.jp/)」というサイトがでてきた。

発達障害の子に力を入れていて、尚且つ無学年式という、つまり分かっていないところまで遡れる教材。しかも、幼稚園年長レベルの学習の前提となる基礎の基礎までもカバーしているという。

これはまさにうちの子にあっているのでは!?

と、まんまと食いつきやってみたのだが、初日だけで1時間近く勉強をしていた。継続しないと意味はないのだが、これだけの時間自主的に勉強に向き合えているというのは凄いと思う。

授業参観で見た限り、学校では15分の集中が限度だったのも併せて考えると快挙と言っても良いくらいだ。

あと、これは完全に予想外だったのだが、プリント学習のやる気がでたのもとても助かる。

我が家では今のところタブレットではなくPCで勉強をさせているので、あわせてプリント学習も継続している。さすがにこれでは運筆が身につかないからなのだが、子どもがちょっと飽きてきていたプリント学習も、終わったらすららをやろうねというとやる気になるのだ。

完全にご褒美になっているということは今のところ、楽しいのだろうなぁ。このまま継続してくれれば文句なしの教材だなと思う。

海賊版

『名探偵コナン ゼロの執行人』が絶賛上映中である。

私は見ていないので映画の内容自体は知らないのだが(コナン自体は初期に読んでいたが、コナン君がもとの姿に戻れる日の見込みが立たなさ過ぎて読むのを諦めた。)、このゼロの執行人にでてくる安室透というキャラクターがめちゃくちゃ人気なのは知っている。だって、連日twitterのTLに流れてくるのだから。

トリプルフェイスと呼ばれているだとか、料理が上手だとか喫茶ポアロで働いているだとか、毛利小五郎の弟子だとか、全然映画を見てないのにそんな情報を得てしまう程人気な安室さんなのだが、その人気が凄すぎて最近ではメルカリで海賊版グッズが売られている始末とのことで野次馬根性で見に行った。

半信半疑だったのだが、本当だった。

ハンドメイド品です、と公式のイラストをそのまま或いはトレスしたと思わしきものを缶バッジやくるみボタンやステッカーとして出品されていた。

海賊版として自覚をもって売ってるのか、それとも二次創作の延長みたいな気持ちなのか。分からないが、今の時代は個人で手軽にグッズが作れて、尚且つ出品まで出来るので怖いなぁ……。

出版社や作者から訴えられない内に自主的に撤退したほうが良いと思うんだけど、そう思うなら最初から売りはしないよね。

それにしても、海賊版ってイメージ的にはブランドバックを組織的にって感じだったのに、随分と小規模というか身近になってしまったな。いや、多分私が知らないだけでブランドバッグの海賊版もきっと売られているんだろうけど。

作家デビュー30周年記念・荻原規子フェア

作家デビュー30周年を記念して、萩原規子フェアが東京銀座四丁目にある教文堂ナルニア国で行われているのだが、非売品小冊子が配られているとのことでとても行きたい。

それはそうとして、空色勾玉がデビュー作だったと知らなかったのでとても驚いている。デビュー作であの完成度って素晴らしいな……。

https://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/archives/info/30-3

図書館

埼玉県三郷市立彦郷小学校で「一人ひとりの読書傾向を先生が理解した上で指導」って – Togetter https://togetter.com/li/1242732 @togetter_jpさんから

上記の記事は、子どもの読書傾向を把握してあまり手に取らない本を勧めたりといった指導を行う小学校に対しての、twitterの意見をまとめたものである。

これを読んで、否定意見が多くてこういうのはなんだが随分とほっとした。

ここからはほっとした理由を述べるのだが、自分語りでしかないので読まなくて良い。気持ちの整理みたいなものだし。

子どもの頃、読書が趣味だった。

それはもう本の虫と呼ばれるほどに本を読み漁ったのだが、割と読む本は偏っていた。児童文学から入り、いわゆる文学的なものも嗜んだが、長じるにつれてミステリーやファンタジー、童話に神話、幻想怪奇やホラーなどのいわゆる大衆娯楽的な物語ばかりを好むようになっていった。

これを、周りの大人は嫌がったのである。

最初は読書をするだけで褒められていたのに、大きくなるにつれて私の読んでいる本を批判したり(一番多かったのが、そんなもの読んでも意味がないという言葉だったのだが、趣味に意味を求めるのはそれこそ意味がないのでは?)自分が読ませたい本をやたらと勧めてくる。それだけでなく、好みでない本を強制的に読ませ、読書感想文まで強いてくる。

読書が嫌いにならなかったのは、若干活字中毒気味だったのと、乱読傾向があったこと、それと並行して読めば趣味の本も認められたからなのだが、本当にもう何で強制してくるのか全然意味が分からなかった。

これがまだ自分の好きな本を勧めてくるならまだしも分かるんだけど、世間一般的に高尚とされている文学を勧めてくる(勧めてくる相手は未読)というのは、意味が分からないを通り越して若干の気持ち悪さすら感じる。

自分の勧めに従って良い本(とされている本)を読む子どもの姿を見て満足するというのは……なんというか言い表しにくいのだが、大人のエゴをとても感じる。

子どもを通じて自分の子どもの頃の夢を叶えようとする親を見た時の心境が一番近しいかな。

こういうことを当たり前のようにやってくる大人に囲まれていたので、こういう子どもの読書傾向を尊重する意見をたくさん目にするととてもほっとするし、子どもが読みたいものを自由に好きなだけ読めるように放っといてくれる大人がもっと増えれば良いなと思う。